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社会の鏡インターネット検索、20年目にして危機

 インターネット検索が登場して20年、便利なだけでなく市民の集合知で社会の姿を映し出す機能が非常に危ぶまれる状況になっています。圧倒的シェア首位のグーグルがスマホ利用者の利便を重視し中身軽視に走るからです。商用のネット検索が使われるようになった1997年から、私は検索を活かしたネット評論を書き続けています。グーグル登場は翌1998年であり、ページ相互のリンク関係を集計して出した検索結果ランクは、これまでマスメディアが独占したニュース価値判断を覆し、市民社会自身による価値付け・重み付けと言えるものでした。ところが、例えばヤフー個人ニュースのアクセス統計でスマートフォンが7割を占めるほどになっており、グーグルは2015年にスマホ重視を打ち出して2016年からは更に強化しました。「モバイルフレンドリー」でないサイトは検索結果の順位を大きく下げたのです。


 私の「インターネットで読み解く!」からのページを、グーグルのモバイルフレンドリーテストに掛けた例です。もともとパソコンで読んでもらうページですから横幅がスマホ画面の2倍くらいの設定になっています。スマホできちんと読むなら横方向にもスクロールしなければなりませんから「このページはモバイルフレンドリーではありません」と駄目が出されました。

 「インターネットで読み解く!」サイトのアクセスにどう響いたか紹介します。グーグルのスマホ重視以前は月に約2万件の検索サイト経由のアクセスがありましたが、今年になると月間数件と激減しています。読まれたページがお気に入りとしてブックマークされる件数が月に2万近かったのに今は4千前後になっています。つい一昨年まで実際に読んで有用と判断されたページが、現在はこれほど使われなくなっています。

 順位を下げる要素はモバイルフレンドリーだけではないとの指摘が《もうGoogle検索ってダメかもね》(ふくゆきブログ)にあります。モバイル対応の他に「サーバーのレスポンスが遅いと順位が下がる」「古い記事は順位が下る」などがあり、「だんだん情報の本質的でない部分が検索の順位に影響してきて、検索しても見つけたい情報がさらに見つかりにくくなってくるかもしれません」と危惧しています。

 この危惧通りの経験を私がまさにしています。以前はニュースサイトで読んでちょっと気になったページがあっても放置して「必要な時に検索で簡単に見つかるよ」と楽観していたものですが、いまや検索しても出て来ません。少しでも気になったらテーマ別のファイルに入れておかないと、検索では巡り会えなくなっています。少し前までは考えられない事態です。

 まとめサイトが妙に優遇されたのも画面の狭いスマホでさくっと読めるからでしょう。これでは検索で本当に見つけたい情報が霧の彼方になってしまいます。例を上げましょう。2013年の第346回「『がん村』放置は必然、圧殺する中国の環境司法」で中国人研究者による科研費研究「中国環境司法の現状に関する考察〜裁判文書を中心に〜」を見つけ出しました。公害無過失責任をうたいつつ中国の環境司法はほとんど司法手続を受け付けない壁を設けて住民の訴えを圧殺していると、実証的に明らかにした労作です。当時でも様々にキーワードを工夫して検索でようやく見つけました。これはスマホには不向きなPDFファイルであり、今のグーグル検索では当時のようには発見できないと思います。

 この5月が私のネット評論活動の満20年です。1997年春には「goo」が商業検索を立ち上げ、「infoseek」が追いかけ、それを利用してインプレス社「INTERNET Watch」で連載を始めました。新聞記者をしていましたが、大きな仕事をしたのに取材記者から外れる左遷にあい、特例として社外活動の権利を得ました。それから色々な検索サイトを利用する中でグーグルとの出会いは鮮烈な印象がありました。ブログ隆盛期には新聞社内の記事審査リポートをブログ検索を使って書き、評判でした。なのに今となってはこれまでのように「主に検索を利用して書いている」とは言えなくなって絶望的な気分にさせられるとは、「グーグルは何を考えてるのだ」と叱責したくなります。

 【5/6追補】Facebookである方がこの記事に対して「Googleは、自身のビジネスのために自らを変化させているのであって、それは、至極当然の事です。Googleに文句を言うのは、筋違いと思います」とおっしゃいました。私の答えは以下です。皆さんはどうお考えでしょうか。
 「受信料とか購読料とかを取っていないグーグルが何をしても自由ですよ。しかし、この20年間、暗黙のうちに築かれてきた市民社会的な了解が崩壊していくのを指摘するのが今回記事の目的です。グーグルが『知らぬこと』とうそぶくなら、それまでの企業と了解するまでです。グーグルにとって本業中の本業で声望が地に墜ちます」