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安全になれぬ韓国、手抜き勝手の国民意識が原因

 法治国家に対し人治国家とは時の政権が恣意的に法律解釈を変えるような状態を言います。韓国の場合は法やルールに従うかどうか誰もが勝手に判断している「5000万総人治」であり、安全になれる方が不思議と言えます。300人を超える犠牲を出したセウォル号沈没を機に韓国ウオッチを1年間、続けて得た結論です。まず、事故当初、沈没前の助けられるのに助けなかった惨状をご覧ください。


 昨年4月16日に事故があって22日に海洋警察が公開した現場写真です。これだけ傾いているのに乗客は船室待機です。救助に来た海洋警察官の無為ぶりを映し出しているので、この直後に逃げ出した船員ばかり非難していた朝鮮日報などを『沈没報道の韓国メディア、海洋警察の劣悪さ無視』と厳しく指弾しました。その後、法廷で海難専門家は写真のタイミングでも放送などで「甲板へ脱出」と指示さえすれば乗客全員助かったのではないかと証言しています。

 日本の海上保安官が船体が傾いた現場に来て思案投げ首をしている失態はあり得ません。さらに沈没後も船内突入救助がなかなか出来ません。ところが、当時の朝鮮日報《旅客船沈没:大統領の叱責恐れもたつく官僚》はこう伝えました。

 《政府や与党の関係者は「今回のセウォル号沈没事故で、専門性を備えた公務員が現場で積極的に動けずにいるのは『過ちを犯せば自分が全ての責任を負わされる』と恐れているためだ」》《「公務員は『自分ばかりが出て行って過ちを犯せば、責任を負わされる』と考えているため消極的だ。事態が終息したら誰も責任を取らない、ということを経験的に知っている」と語った》

 皆が決められたルールを守り、守らなければ罰せられる法治国家なら、他の人も最低限ここまではやってくれるはずと目処が付けられます。他の人がしている仕事の上に自分の職分をそれぞれ積み上げていくから、社会全体として機能できます。韓国社会ではそう働かないと端的に示したのが、沈没事故から半月余りで起きたソウル地下鉄追突事故です。

 正常な状態ならトラブルで止まっていた先行列車の後ろは停止の「赤」、「赤」の次は「赤」になっていて、一つ前で自動列車停止装置ATSが働くから後続列車は安全に停止できます。赤信号の次は最低でも注意の「黄」か「赤」でなければならないのは世界共通の信号ルールです。ところが、ソウル地下鉄事故では「赤」の次が「青」になる間違った設定がされてしまい、しかも毎日、信号を点検しているのに4日間も発見されずに事故に至りました。信号の状況図は『韓国で列車に乗るな:信号機の世界共通則を破る』で参照してください。

 この設定間違いと4日間の点検に何人が関与しているのか明らかでないが、少なくとも1人や2人であるはずがありません。プロの鉄道関係者である何人か何十人かが自分の職分をいい加減にして恥じない国が安全に運営されるはずがないと申し上げます。『奇怪な韓国の闇、民衆は達観する「愚政府・愚役人」』で取り上げたように検察、警察はじめ役人の能力も酷い国です。

 セウォル号事故1年を機に書かれた韓国大手メディアの社説を読んで、これまでに指摘した国民に蔓延する手抜き癖、それによる構造的な欠陥がお分かりでないと思えました。

 朝鮮日報の《【社説】無為に過ぎたセウォル号沈没事故1年》は単純に安全意識を問題にします。地下鉄以外にも続く事故の連続に《韓国での人命軽視を目の当たりにすると、依然として後進国から脱せられていないとの挫折感がわき上がってくる》《結局、韓国人はこの1年間を無駄に過ごしたことになる。大統領は国の枠組みを変えなければならないとして「国家改造」を叫んだが、響き渡ることのないまま口先だけになってしまった。海洋警察庁解体後、新たに発足した国民安全処(省庁の一つ)が社会の安全水準を引き上げるのにどれだけ貢献しているのか、我々国民にはよく分からない》

 一方、中央日報は共感能力の低さを問いました。《【社説】セウォル号から1年…いまだに何も変わっていなかった》は、安全度は変わっていないとする世論調査結果を紹介し、《マンネリズムに陥ったリーダーシップは行政府組織を変えただけ、無能と惰性は変わらなかった》と嘆きます。

 さらに言います。《韓国社会の「共感能力」は低かった。アダム・スミスは『道徳感情論』で社会を支える柱としての定義を「共感」といった。共感は他人に対する憐憫を感じる程度ではなく、相手の立場になってその感情を自分のことのように感じられる能力をいう。個人の生活でも公的活動でも、いくら理性的判断をしなければならない時でも共感を土台にした道徳的判断が発揮されてこそ社会が正常に回っていけるということだ。犠牲者と家族の悲しみに共感し、共に傷を癒そうと努力するのが真の市民精神だ》

 韓国社会は適切な判断が出来る賢者ばかりの集合体であると考え違いをしていませんか。むしろ、日々の生活に追われている個々の国民に賢者の役割を求めるから、ルールからの恣意的な逸脱が起きると見ます。ネットで流れる韓国民のニュースコメントを読んでいると、一般の国民が法律の内容を独自に評価し、従うかどうか勝手に決めている感が強いのです。法やルールは、まず額面通りきちんと実行して、問題ありと考えるなら後から異議申立てをすれば良いはずです。個人判断でされた勝手な手抜きがどこに潜んでいるか知れない社会など、危なくて付き合っていられません。


労働人口急減の恐怖を無視する国内メディア

 OECD対日審査報告書の発表報道で国内メディアが見せた異様な危機感の無さに驚き呆れました。労働人口が急速に減っていく恐ろしさを前提に女性労働力活用を提唱しているのに、状況の困難さに全く気付いていません。「そんな良いアイデアもあるんだね」といった軽い気分で書かれています。実現できなければ経済のマイナス成長は確実です。日本記者クラブで会見、公表した報告を「ロイター東京発」の外電記事で間に合わせる朝日新聞などは論外ですが、NHKの《OECD 「抜本的な構造改革 至急強化を」》からも危機感は読み取れません。

 《日本経済に関する報告書を発表し、ことしの経済成長率の見通しを1%に上方修正したうえで、成長戦略の実施が遅れを取っているとして、女性の労働参加などについて抜本的な構造改革を至急強化する必要があると提言しました》では、経済成長が続く前提でとしか読めません。


 OECDが主な提言の先頭に「労働力の減少傾向を遅らせる」を置いた意図は、上のグラフから明らかです。このままでは推定労働人口が2011年の6千万人から2030年には5千万人ほどに減ってしまいます。これでは多少の技術革新があっても大幅な経済縮小は免れません。

 報告書はこう述べます。《労働力人口の減少を緩和するため、男女平等の推進が必要である。男性の労働参加率は85%と女性よりも20%ポイント高い水準にある。もし女性の労働参加率が2030年まで男性の労働参加率と同レベルに追いつけば、労働供給の減少は5%に留められ、労働参加率に変化がなかった場合に比べ GDPは約20%高まるだろう》。つまり現在の歩みであるグラフの赤い線から青い線に移行するのですが、なにせ相手の政府は女性は家庭で子どもを育てるのが美風と考える保守的な与党幹部がいる安倍政権です。

 実際にこの大変革は容易ではありません。《雇用における男女間格差は、出産後労働市場に残る女性が38%に過ぎないという事実に表れている。日本は子育てや学童保育に対する支出(対GDP比)がスウェーデンや英国の3分の1に過ぎない。ただし、支出を増やすためには税もしくは社会保険料収入が必要》であり、子育て支援の拡充は遅々として進みません。もう一つの労働力確保手段である外国人労働者の活用問題では、近年の日本政府のやる気の無さにさじを投げている感があります。


 2050年までのロングスパンで年齢別3区分の推移を見たグラフです。15〜64歳の生産年齢人口はOECDグラフにある2030年の先にもう一段さらに急速な減少が待っています。国立社会保障・人口問題研究所の推計は出生率中位を前提としていますが、最近の非正規雇用拡大は若い男性から結婚の機会を奪っており、出生率改善どころか更なる低下も考えられます。第474回「先進国で稀な人口減少と高齢化をグラフで見る」で先進7カ国でドイツ以外は日本しか人口が減らない特異さ、それを放置している政府の無為無策を描きました。OECDの対日審査提言が具体化される可能性は薄いでしょう。


司法の流れは逆流:裁判官が原発稼働を恐れる

 福井地裁が原子力規制委の審査をパスした高浜原発3、4号機の再稼働を差し止めました。長く原発訴訟を見続けていれば不思議ではありません。原発を止めるのが怖かった裁判官が、福島以後は稼働が怖くなったのです。司法の世界は世間から隔絶しているように見えて、実は世間的な打算と密着しています。例えば大きな詐欺や横領など経済事件があるとします。巨額の被害が出ても発覚後に犯人が返済を完了したならば、判決は執行猶予付きの有罪に止まり、実害があったかどうかが裁判官を左右します。福島原発事故以前は判決で原発を止めて発生する経済損失の大きさに耐えられない思いがありましたが、事故から4年を経ても10万人以上が避難している現状を見れば、安易に稼働を許して重大事故が発生したら言い訳が出来ない思いになるはずです。

 朝日新聞の《「新基準、合理性欠く」高浜原発差し止め仮処分決定要旨》がその思いを伝えています。

 起きうる地震の大きさを評価している《基準地震動は原発に到来することが想定できる最大の地震動であり、基準地震動を適切に策定することは、原発の耐震安全性確保の基礎であり、基準地震動を超える地震はあってはならないはずである》

 《活断層の状況から地震動の強さを推定する方式の提言者である入倉孝次郎教授は、新聞記者の取材に応じて、「基準地震動は計算で出た一番大きな揺れの値のように思われることがあるが、そうではない」「私は科学的な式を使って計算方法を提案してきたが、平均からずれた地震はいくらでもあり、観測そのものが間違っていることもある」と答えている。地震の平均像を基礎として万一の事故に備えなければならない原子力発電所の基準地震動を策定することに合理性は見いだし難いから、基準地震動はその実績のみならず理論面でも信頼性を失っていることになる》

 福島原発事故が起きた後では、裁判官は以前の安全審査を争った裁判であったように国側の専門家による裁量を大幅に認めるような「甘い」判断を採れなくなったのです。そうさせたのは東電のあまりに無様な事故対処だったのですから電力業界としては黙って認めるべきです。

 関西電力は「承服できない」として不服申し立ての手続きに入りますが、裁判官が何でも味方してくれた時代は去った点だけは理解されるよう、忠告しておきます。逆流の時代に入りました。

 決定要旨は更に最高裁の伊方判決を引いて《新規制基準に求められるべき合理性とは、原発の設備が基準に適合すれば深刻な災害を引き起こすおそれが万が一にもないといえるような厳格な内容を備えていることであると解すべきことになる。しかるに、新規制基準は上記のとおり、緩やかにすぎ、これに適合しても本件原発の安全性は確保されていない》と原子力規制委を厳しく指弾します。

 2年前の第342回「大風呂敷に信頼が託しかねる原発新安全基準」でも指摘しました。新規制基準は金に糸目は付けない多層防護増設の大風呂敷が実態であり、それでも安全万全と見えないのです。福島原発事故の原因を究明してそれを完全に防ぐ構図にもなっていません。以前の安全審査と断絶して、色々な装置や設備を付加しただけ、しかも付加には相当の猶予期間が付いているのですから、いま直ちに厳格な安全性を担保したい裁判官の眼鏡に叶おう筈がありません。


先進国で稀な人口減少と高齢化をグラフで見る

 海外から移民を受け入れもしないし非婚・少子化対策に本腰を入れるでもない――先進国で稀な我が国の人口減少と高齢化の進行をグラフにすると、政府は無能で、そもそものやる気が無いと思われてなりません。政治家は言わずもがな、中央省庁の官僚たちも右肩上がりの時代の政策運営しか経験がないので、右下がりに転じて膨張を続けた財政など政策の始末をつける必要が生まれたのに呆然と見送っている感があります。

 ダイヤモンド・オンラインの《未曽有の人口減少がもたらす経済、年金、財政、インフラの「Xデー」(上)》には以前から気になっていた論点がたくさん含まれて参考になりました。例えば第461回「IMFは『失われた30年』認定、首相の強気は虚構」では2020年まで名目GDP推移が横ばいを続けるのが、国際的な日本経済の評価です。その後はどうなるかです。

 《どの程度の成長率になるのかというと、現在の実質1.0〜1.5%の成長率が、これから年々低下して、2020年過ぎにはマイナスとなり、その後は▲0.5〜▲1.0%のマイナス成長が続くであろうと思われます。その場合、先進国でマイナス成長となるのは日本だけです。つまり世界経済のなかで、日本経済だけが縮小します。労働者の減り方があまりにも大きいため、技術の進歩をもってしてもカバーし切れないということです》


 先進7カ国の人口推移を2000年から10年毎に2050年まで並べたグラフです(総務省統計局「世界の統計2015」から)。人口が減るのは日本以外ではドイツだけで、他の先進国は増え続けます。移民受け入れはするし、社会保障が手厚いから出生率が日本より高いのです。減少のドイツは50年間かけて1100万人減るくらいの緩いペースです。日本は2010年からの40年間だけで3100万人も減らす急激な人口減です。しかも、次の年齢別3区分の推移グラフを見てください。


 15〜64歳の生産年齢人口がまさに釣瓶落としに減ります。2010年の8173万人が2050年には5001万人にもなってしまいます。これは国立社会保障・人口問題研究所による将来推計です。働き手が39%も消えてしまえば、政府が言う「働く女性を増やす」方向への誘導など焼け石に水です。

 さらに2022年頃には生産年齢人口の2人で65歳以上の高齢者1人を支えなければならなくなります。2050年には1.33人で1人を支える状態まで突き進みます。年金の負担を考えると非常に厳しい事態です。他の先進国では2人強で1人を支えるところまでしか進みません。

 3月の『閣議決定の少子化社会対策大綱は甚だしい見当違い』で指摘したように、若い世代では半分を占め始めた非正規で就職の男性は結婚できる年収に届きません。これではますます結婚しなくなるばかりです。打つべき手を打たずに徒手空拳のまま――これが現在の日本政府であると申し上げましょう。


親サイトに特集「サクラ点描2015 彦根・大阪」

 親サイト「インターネットで読み解く!」に《特集「サクラ点描2015 彦根・大阪」》(2015/04/05)を掲示しています。写真のサイズが大きくて、このウェブでの制限と合いません。満開の国宝・彦根城などを訪れて撮りました。関心がある方はご覧ください。

閉鎖されて判ったソニー音楽配信サイトの功罪

 月額980円で聴き放題だったソニー音楽配信サイト「ミュージックアンリミテッド」が3月30日で閉鎖されました。2年間どっぷり利用だったので喪失への対策をせざるを得ず、その結果として意外な発見もしました。類似の配信サイトは存在しますが、2500万曲という規模は比べものになりません。ブログで「気に入ったレアな楽曲をレンタルCD屋などどこにも見つけられないだろう」と嘆いている方がいらっしゃいます。一度、聴いて気に入ってしまった以上、もう永遠に聞けなくなると思うと辛いのです。

 1月に閉鎖が公表された際、第462回「PCオーディオ生活を困惑させる日本市場障壁」で《今回の「背信」は痛いと申し上げます》と書きました。同じ思いを《Sony Music Unlimitedが終了》が実際の閉鎖経験を通してこう書いています。

 《短い期間ではあったものの、いかに音楽環境を同サービスに依存していたかがわかります。その点については素直にありがとう、と言いたいです。まぎれもなく私の生活の一部を形成してました。それが、あっけなく失われるとは》《今、他のネットサービスの終了ではちょっと味わったことのない喪失感を感じています。正直、自分でもそこまで影響はないと思っていましたし、他に利用している定額制サービス(huluやdマガジン)が終了しても、おそらくここまでの喪失感は感じないんじゃないかと思います。やっぱり音楽ってすごいわ》《ソニーさん、いろいろ事情はあったんろうけど、やっぱりこれ、やっちゃいけないことだったんじゃないかなぁ、と思うよ。音楽をライフスタイルに組み込んで、その質を向上させよう、っていうのはソニーさんが永らくテーマとして追求してきたことなんじゃないの?》


 閉鎖公表以降、レンタルで借りたCDは100枚以上、買ったのは廉価なボックス物を中心に50枚以上になりました。こうなったのは2月に上の写真、独ゼンハイザーの最高級ヘッドフォン「HD800」を買い、音楽配信サイトが提供できる「音質」にも目を開かされたからです。HD800の再生では音が立ち上がるのも消えるのも極めて俊敏で、別の音に隠されたり着色されたりしなくなります。HD800で聴くと配信サイトそのままでも、これまで聞けなかった音が色々と耳に入って驚かされます。喪失対策として本物のCDを入手して聴くと、新発見がさらに増えるのです。配信サイト提供のビットレートは320kbps程度ですが、CDは600kbps以上、1000kbps前後が当たり前です。この差は知っておくべきでした。

 細かな音に耳を傾けることが多いクラッシクやジャズではなく、エレキサウンドのベンチャーズで最初に認識しました。細かなテクニックや音作りで知られているベンチャーズCDを軽い気持ちで借りてきて配信サイトと比べました。そこで、気に入った音楽ならばオリジナルCDを持つか、借りて可逆圧縮でコピーせざるを得ないと感じました。気に入っていればこそ見過ごせない「差」が存在していると言えます。

 とは言え配信サイトの膨大多彩な曲目は魅力です。聴いたことがないCDを買うには勇気が必要です。閉鎖前日の29日から気になっていたのに聞いていない楽曲を重点的に聞きました。閉鎖数時間前に聴いたポリーニとアバドのバルトーク・ピアノ協奏曲は本当に天才同士の火花が散っている演奏で、直ちに注文しました。今度のドタバタが無ければ一生、聞き逃していたと思うともったいなさ過ぎる、あまりに秀逸な音楽です。

 こういう事情ですから、もしミュージックアンリミテッドが復活しても、これまでのような依存にはならないでしょう。膨大な音楽ソースへの玄関口として使うことになるでしょう。それにしても、何気なく流していたジャンル別の音楽チャンネルで貴重な楽曲との出会いを何度もしました。もともと歌謡曲から民族音楽まで幅広かった聞く音楽の範囲がもっともっと広がりました。ユパンキなどラテン音楽にも惹かれるようになっていたのですが、残念なことにレアな音源が多くて自前での入手は不可能です。