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日清戦争120年の中国共産党宣伝、国際的に無理

 7月25日が120年前に日清戦争の火蓋が切られた開戦の日でした。この敗北をきっかけに傾いた国運を立て直したのが中国共産党と臆面もないプロパガンダですが、中華圏の宗主国だった地位は全く回復されていません。いくら世界第2位の経済大国になったからと言って尊敬されないのは、南シナ海で原油掘削装置を巡って昔は属国だったベトナムが敢然と立ち向かった例で明らかです。自分からにじり寄っていく国は、清朝世界でナンバー2を自認していた韓国くらいで、またナンバー2になれるとファンタジーを膨らませているよう。

 東洋経済オンラインの《中国で沸騰、「なぜ日清戦争に負けたのか?」120年前を起点に語られる民族復興のストーリー》が《120年前の7月25日、日清両国の海軍が仁川の沖合で激突した。いわゆる豊島沖海戦である。これによって日清戦争(中国では”甲午戦争”)の火蓋が切られた。両国が正式に宣戦を布告したのは8月1日だが、中国では7月25日が日清戦争が始まった日として認識されている。そのため、25日には中国の主要メディアがこぞって日清戦争敗北の意味を振り返る特集記事や論説を掲げた》と伝え、中国側の視点をまとめています。

 《中国人に、再び「中華民族」としての精神のよりどころを与えたのが中国共産党だという。中国において日本を語ることは、すなわち自国を語ることだということがよくわかる。中国において共産党の正統性を強調するためには、甲午戦争から始まる日本との戦いというストーリーが欠かせないのだ。中国が日本に「歴史問題」を提起するときは満州事変以降の日中戦争だけを対象にしているわけではない。東アジアの地域秩序はリセットすべきだという発想が根底にある。韓国と歴史問題で共闘したり、日本領とすることが日清戦争のさなかに閣議決定された尖閣諸島を自国のものだと主張するベースにも、こういう考えがあるのだ》

 ちょうど朝日新聞の《中国メディア、国防力の増強訴える 日清戦争120年で》が報じる人民日報の論評が呼応しています。《「甲午戦争の失敗の内因は、清末の腐敗しきった制度と官僚だった」と指摘。「勝敗を分けるのは海戦。沿岸警護しか知らない海軍が、大海制覇の野心に満ちた海軍に惨敗するのは当然だ」とも主張し、「反腐敗」や「海洋強国」を掲げる習近平指導部の政策の正当性をアピールした》

 身内相手の狭い了見の宣伝にうんざりですから、ここは日本側の視点をぶつけるより、第三者の目で語ってもらうのが良いでしょう。北大スラブ研究センターニュースにあるサラ・ペイン氏(US海軍大学)の《日清戦争 1894-1895》が目につきました。日清戦争で決定的に変わったアジア秩序は今もって同じと言えます。

 《東洋においても西洋においても人々の認識を変えたこの戦争は、極東に関与している全ての諸国の外交政策に影響を及ぼした。 中国の脆弱性への認識は、より攻撃的な外国の侵入を引き起こし、「利権の奪い合い」として知られる、海外の列強が中国を勢力圏に分割する時代を招いた。逆に、日本の強さに対する認識は、日本を列強の地位へと導いた。1902年の日英同盟は日本の新しい地位を正式に認めるものであった。これはイギリスにとって、ナポレオン戦争の終結から第二次世界大戦までの間の、唯一の同盟だった》

 《戦争は中国を奈落の底へ沈めた。それは中国が捨て去ることの出来ない、優越性への執拗な自覚の根幹を打ち砕き、世界における中国の地位の見直しを余儀なくさせる。かつての儒教世界の構成員である日本に敗北を喫したことは、アヘン戦争を含む、かつてのいかなる西欧諸国による敗北よりもこれを決定的にする。なぜなら異なる文明による敗北ならば軽く扱われうるが、儒教秩序のかつての構成員による敗北ではそれができないからである。同様に、中国におけるいかなる政治的安定の痕跡も打ち砕かれただろう。儒教秩序から変化した構成員による勝利は、この秩序の正統性を決定的に掘り崩した。中国人にとってこの戦争は、彼らの世界を覆すものとなった。一世紀後の今なお、中国は長い間中華思想の根幹を形成してきた安定的な儒教秩序に代わる、満足のいくものをまだ見つけていない》

 日清戦争の当時、GDPは中国が圧倒的に上でした。百年余り経過して、人口が10倍ある国に再び凌駕される時代が来て、中国の工業化にも十分手を貸した以上、不思議がることはありません。日本としてはGDPより人口減少問題こそ目を離せない課題です。第285回「日本の世界人口シェア、江戸中期3.9%が最高」で示したように、人口の世界シェアが現在2%近いのに、2050年には1%に落ちてしまうのです。また「富む前に老いてしまう」と考えられている中国の急速老齢化については第378回「日本に続き中国も超特急で超高齢社会へ突入予定」で描きました。


中国の大気汚染、改善遅く改革に絶望的閉鎖性

 中国の大気汚染、微粒子PM2.5による重篤スモッグの改善は遅々として進まないと判明。環境保護法を改定し、門前払いだった裁判で環境訴訟を取り上げる準備はしたものの特定NPOしか訴えられぬ閉鎖的改革です。日本と同じ無過失責任の法体系をテコにして環境汚染源を封じていくには、広く国民の訴えを生かすべきなのです。ところが、民衆に自発的な行動力を発揮させるのは共産党指導部には怖くて仕方ないと見えます。官製のお仕着せ訴訟でぼつぼつ進むのでは済まないほど、空気も水も土地も汚染は深刻かつ広範囲です。

 時事通信の《大気汚染なお高水準=上半期、オゾンが増加―中国》が22日付の中国メディアを引用して報じました。《環境保護省は今年上半期の大気中のPM2.5の平均値について、北京市と周辺地域では1立方メートル当たり100マイクログラムだったことを明らかにした。2013年通年に比べ6マイクログラム改善したが、中国の環境基準の3倍近い水準にある。一方、窒素酸化物などの光化学反応で生成されるオゾンは、前年同期比7.2%増加。全国でも上昇が見られ、PM2.5などと並ぶ主要汚染物質となっている》

 74主要都市で環境基準を満たすのは3都市しかなく、北京、天津両市や河北省では年間6割以上が重篤スモッグに覆われる惨状は変わっていないのです。夏場の今ごろは比較的軽い汚染であるものの、北京の米国大使館が出す観測指標はしばしばPM2.5が100マイクログラムを超えている「AQI150超」です。

 AFPの《中国、法改正や特別法定設置で環境対策 実施は困難伴うとアナリスト》は指し示す方向は正しいが、実現性を疑います。《3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の閉幕にあたって行われた記者会見で、李克強首相は、「環境汚染問題に宣戦布告する」と表明。小規模の石炭火力発電施設5万か所を閉鎖することや、ガス排出量の多い古い車600万台を廃車にすると明言した。政府は4月には環境保護法を25年ぶりに改正。施行は2015年で、違反行為への罰則が強化されるほか、一部の非営利団体に環境関連の訴訟を起こすことが認められる。さらに、中国の最高人民法院(最高裁)は今月3日、環境問題に関連した訴訟を審理するための特別法廷を設置したと発表した》

 特別法廷設置を伝えた《中国最高裁、汚染に特化した特別法廷を設置》で過去の取り組み不足にこんな弁明があります。《最高人民法院の広報担当者によると新たに設置された特別法廷は、大気汚染、水質汚染、土壌汚染に関連する訴訟の他、鉱物資源や森林河川などの自然資源に関連する訴訟も取り扱う。各地の裁判所にも同様の特別法廷が設置されるという。「受理、審理、決定の実行には確かに多少問題があった」と、最高人民法院に設置された特別法廷裁判長、鄭学林氏は記者団に語った。「裁判所はいくつかの審理に積極的だったが、妨害が入り消極的になったり諦めたりせざるを得なかった」》

 インタビューした記者団が事情を知らないと思ってか、笑わせてはいけません。昨年の第346回「『がん村』放置は必然、圧殺する中国の環境司法」でこう指摘しました。《日本の科学研究費で中国人研究者が実施した研究「中国環境司法の現状に関する考察〜裁判文書を中心に〜」が2006年全国環境統計公報から推定した、環境公害紛争に対する行政と司法の圧殺ぶりは凄まじ過ぎます。環境紛争数61万6122件に対して行政手続受付済の事案数9万1616件で、司法手続受付済の事案数は何と「2418件」にすぎません。255分の1です》


 第346回で掲げたマップにある、200カ所以上と報道されている『がん村(癌症村)』の被害者も泣き寝入りしてきました。被害者が堂々と訴えるどころか、差別や圧迫にあい肩身が狭い思いをする――日本で水俣病が知られ始めた段階に見られた、水俣病患者の切ない惨状が中国全土にあると申し上げておきます。

 「一部の非営利団体に環境関連の訴訟を起こすことが認められる」と言いますが、その線引は不明朗です。対象のNPOを出来るだけ絞ろうとする動きも伝えられます。少なくとも年間で何万件、あるいは何十万件もあるかも知れぬ環境訴訟を受け止められる司法の態勢が組まれるとは全く見えません。この点が絶望的なのです。

 【参照】第412回「中国重篤スモッグの巨大さが分かる衛星写真」
     第411回「越境PM2.5スモッグ、広域で注意喚起レベル85超」
     「『中国は終わった』とメディアはなぜ言わない」


小保方論文でネット公衆から逃げた早大調査委

 STAP細胞問題から派生した小保方博士論文のコピペ疑惑で早大調査委は「学位取消に該当しない」と結論を出しました。外部に見えない密室で処理してしまう手法は、告発者のネット公衆を恐れているとしか見えません。公開されている博士論文は草稿段階論文を誤って製本と認定、本物は別とし、騒がれた画像やデータ、論文リストの盗用は無かったか、学位授与へ影響するほど大きな問題ではないと身内をかばう論理展開です。

 博士論文は従来ならば一般の人が入手することは難しかったのですが、2012年5月から国会図書館が大量に収集して一般公開を始めました。相当数はネット上にも公開しています。小保方論文「三胚葉由来組織に共通した万能性体性幹細胞の探索」はネット公開には至っていないものの、国会図書館まで足を運べば誰でも見られます。この基盤があったからネット公衆からの疑惑告発が可能になりました。

 早大調査委はまず、この公開版博士論文は本物ではないと認定してしまいます。今年5月に小保方氏から提出を受けた「本物」論文は「小保方氏が最終的な博士論文として真に提出しようとしていた博士論文と全く同一であるとの認定をするには、証拠が足りない」としつつも、こちらを対象に検討していきます。告発されている公開論文から、密室にある「本物」論文に対象が移された段階で第三者の検証可能性は無くなりました。

 学位取り消しにならない論理展開を《早稲田はコピペしても「博士号」が取れる?小保方さんが「学位取消」にあたらない理由》から抽出してみます。

 「心情的にはおかしいと思っても学位は取り消すことができない」「不正の方法があったとしても、その『不正の方法』によって『学位の授与』を受けたという要件を満たさなければいけない。つまり、『不正の方法』と『学位の授与』との間に因果関係が必要になる」「学位の授与に一定程度の影響を与えたという事実はあるけれど、重要な影響を与えるとまではいかない、科学の論文なので、実験結果の部分で盗用がない以上、重要な影響とまでは言えない」

 実験など論文の核心でない部分にコピー&ペーストがあったとしても、最初から無視できる理屈になっています。大量公開の博士論文でネット公衆にコピペを発見されるのは避けられないから門前払いできる仕掛けが必要――と考えたと推察します。

 【参照】第432回「STAP細胞疑惑=小保方ファンタジーの闇を推理する」
     第431回「STAP細胞が『世界3大研究不正』とされた衝撃」


続・2016年に国立大の研究崩壊へ引き金が引かれる

 政府・文科省が主導しマスメディアが煽っている国立大改革。その結果起きた研究開発の病み方は途方もない深さまで進みました。根拠になるデータ無しに何か変えれば好結果と決めつけた上意下達がまかり通っています。6月末にリリースした第435回「2016年に国立大の研究崩壊へ引き金が引かれる」はツイッターやフェースブックなどソーシャルメディアで合計5500回以上(転載分含む)と経験したことがないほど言及されました。大学関係者以外にも多くの方に憂慮が広がっている証拠でしょう。

 この5月に横浜国大の室井尚教授が書いた《国立大学がいま大変なことになっている》が注目を浴びています。横浜国大には文科省から「ミッションの再定義」に基づいて「文系学部は不要、理系学部に再編せよ」との通達が出て、実際に動き出していると言います。《もう少し昔なら、学長と団交するとか、霞ヶ関でデモをするとか、署名運動するとかいう抵抗もあったのかもしれないが、これらの度重なる「改革」にすっかりうんざりして牙を抜かれた同僚たちは諦め切ってしまって気力を失っている》

 《敵は文科省の奴隷にされて苦労している学長ではないし、実際にプランを作った総研の社員や元社員は霞ヶ関にはそもそも居ないし、署名が集まってもそれを出したらそれ専門の処理班に回されるだけなのだから、どうしていいのかすら分からないのである。基本的に、自分の頭で考えずに国が与えた「ミッション」を忠実に遂行する者だけが大学教員に求められているような場所で、教員が良心を持って生きることなどできようもない》

 「国立大学改革プラン」に大学別「ミッションの再定義」の数々が記載されています。東大工学部出身で科学部記者を長年していた私からは言葉の遊びに見える項目多数であり、横浜国大のように「押しつけ再定義」なのだと知れば、納得できます。

 しかし、マスメディアは文科省の言う通りに信じています。京大総長選の報道が端的に表しており、誰が選ばれるかよりも、学長の国際公募の試みが機能しなかった論点が先に立っていました。大学を維持する生命線資金かつかつ、過酷財政の国立大学に「経営手腕がある」外国人学長を招いて何をさせようと言うのでしょうか。もし潤沢に資金を回すというなら、日本人の学長でも十分に仕事は出来ます。

 ここに、中央官庁の官僚から教えられないと記事が書けない在京マスメディアの弱みが顕在化しています。文科省に限らず2、3年で持ち場が変わる官庁クラブ所属記者は自分で現場を確かめず、官僚からレクチャーを受けて鵜呑みです。オルタナティブなニュースソースを持ちません。2004年の第145回「大学改革は最悪のスタートに」を書いた背景を説明しておきます。私は科学部時代の内、丸5年間は手に入る限りの国内学会・研究会の抄録集を全て読みました。十分に手間を掛けた経験と大学現場取材から大学改革の方向が間違っていると確信しています。補足すると科学部を出た後で、文系学会も1年間は同様の抄録集全読破を試みています。


 研究論文の異常な減少ぶりを指摘した元三重大学長、豊田長康氏が「何度見ても衝撃的な日本のお家芸の論文数カーブ(国大協報告書草案18)」で新たに出されたグラフです。日本が得意とし、科学技術立国の支えだった物理化学物質科学分野の論文数が「2004年という国立大学が法人化された年に一致して明確に減少に転じているカーブは、衝撃的である」と評されています。今回の分析は理系ばかりでなく社会科学まで分野別に世界の論文数動向と比較しています。多少は増えている分野もありますが、世界傾向からはどの分野も日本だけ異質な低迷カーブです。これは恐るべき事実ですが、視野狭窄に陥った文科省には関係ないのでしょう。

 現在は英国のオックスフォード大教授に転じている元東大教授で高等教育問題に詳しい苅谷剛彦氏が文藝春秋7月号で《日本の大学が世界の「落ちこぼれ」になる》との論考を書いています。「今、日本の高等教育の閉塞感のひとつは、一部の理系分野を除くと、自分たちがいま学んでいることが世界の最先端なのだ、という実感が持てないことにあります」――理系と文系を問わず世界規模で存在する評価・ランクに全く馴染まない「たこつぼ型」研究が日本でこれまで主流でした。現在進んでいる大学改革は根拠の無い恣意的な改変であり、評価の仕方を世界標準に合わせるのではなく、「たこつぼ型」研究者の自主性まで取り去りつつあります。2016年に生命線ラインを下回る大学交付金重点配分が始まれば、多数は最低基盤まで奪われるのですから無残な結果は見えています。


メタボ健診重視政策は医療費膨張危機からの逃避

 政府の「健康・医療戦略」素案を読売新聞が報じ、その柱がメタボリック症候群健診の受診率アップだというのです。国民医療費が3年連続で1兆円増えている危機的状況から目をそらす逃避政策と言わざるを得ません。健診と称してウエスト測定値が減った増えたと騒いでいますが、『小太り長生きは日本で調査済み。WSJ報道に驚くな』で指摘したように、少なくとも男性に限れば小太りの方が長生きとの大規模追跡調査があるのです。社会保障費対策として消費税率をいくら上げても追いつかないペースの医療費膨張を前に、抜本的な対策にはなり得ません。

 読売新聞の《メタボ受診46%を80%にする…政府戦略素案》はこう伝えます。《健康寿命を2020年までに今より1年以上延ばすことや、生活習慣病を引き起こす恐れのある「メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)」の人の割合を4分の1減らす目標を掲げた》《40〜74歳を対象とした特定健診(メタボ健診)の受診率が12年現在で46・2%と低率であることから、80%に引き上げるとの数値目標も明記した》

 さらに素案は医療機器市場を3兆2千億円まで拡大して、輸出を倍増させると華々しく打ち上げています。しかし、これは2013年度には40兆円を突破すると見られる国民医療費をむしろ増やす方向に繋がるはずです。医療は社会保障費の3割強を占めており、年金・介護などを含む社会保障給付費総額は2012年度の110兆円が2025年度に149兆円に膨らむ厚労省推計があります。消費税率が10%になったとしてもとても賄えない大きさです。

 医療費削減については高齢者医療の自己負担を上げる案がありますが、もっと本質的な対策――無用な医療を止める方向に舵を切るべきです。日経BPネットで《米国医学会が出した「衝撃のリスト」〜全米8割の医師が示した無駄な医療とは》がこう述べています。《「精神病でない子供にいきなり抗精神病薬は禁物」「風邪に抗菌薬は使わない」「ピルをもらうのに膣内診は不要」「PETガン検診は控えよ」「胃ろうは認知症では意味なし」》医療費を抑制するために《全米から出てきたこの衝撃のリストは真っ先に参考になるだろうと思えた。そのまま採用するかは別として、全米の国際的な学会が無駄と認定した医療が並んでいるのだ。日本での適用を考えない手はないだろう》

 実は政府は医療の本質に切り込む改革を、当然起きるであろう摩擦の大きさから避けてきました。しかし、第420回「人間ドック健診基準値の大幅緩和は遅すぎた結論」で紹介しているとおり機は熟しつつあると考えます。無駄な検査、無駄な投薬、すべきでない医療行為――こちらにこそ目を向けねばなりません。思い付きで始まったメタボ健診万能の怠惰な健康政策では、危機はもう乗り切れないと知るべきです。


忘れられる権利の判断、グーグル任せは大問題

 欧州司法裁判所が認めた「忘れられる権利」によるグーグル検索結果からの削除要請が早くも波乱を呼んでいます。削除を通知されたメディアからの公表で、忘れられるどころか世界的に有名になってしまう珍事続発です。不本意な仕事を押しつけられたグーグルによる「しっぺ返し」との見方もありますが、データ収集だけをしてきた検索エンジンの会社に、削除の判断を丸投げした裁判所が無謀だったのです。取材して記事にしたメディアなら、記事の公益性とプライバシーの重さを秤に掛けられます。元の記事削除を命じないで、グーグル検索結果のリストから削除させる安易な裁判所判断は、検索エンジンが持つ現代社会の反映機能をも損なってしまいます。

 グーグルに寄せられた削除要請は7万件、さらに毎日千件のペースで増えているそうです。グーグルが実際に削除を始めた6月末から事態が動き出しました。《[FT]どこまで「忘れる」べきか グーグルの難題》は《今までは、スコットランド・プレミアリーグのダンディー・ユナイテッド対セルティック戦でレフェリーのダギー・マクドナルド氏がペナルティーキックを与えた理由について嘘をついたことを覚えていたのは、ごく少数のスコットランドのサッカーファンだけだった。だが、マクドナルド氏は3日、「忘れられる権利」に関する新しい欧州の規則を利用する最初の人たちの1人になった後、図らずも世界的な注目を集めてしまった》と伝えました。

 《グーグルは会社方針に従って、記事へのリンクをやめたことをガーディアンとメールオンラインに通知した。両媒体は当然ながら、数十万人に上る読者にこの事実を公表した。事態はさらに発展した。ガーディアンが問題の記事は公共の利益にかなうと主張してリンク削除について公に苦情を申し入れた後、グーグルが3日夜にガーディアンの記事へのリンクを元に戻したのだ》

 この事例だけでもグーグル任せは大問題と考えられます。メディアとして活動した経験がない会社にニュースの中身の吟味を委ねているのです。

 「忘れられる権利(the right to be forgotten)」の判決はスペインの男性が以前に自宅を競売に掛けられた事実があり、現在は問題なく生活しているのにグーグル検索では筆頭に出るのが不都合というものでした。今や「分からないことがあればグーグルに聞く」のが常識になりました。便利な半面で、一度検索エンジンがリスト化した情報はずっと残り、個人の不祥事情報が生涯ついて回ることになりかねません。私も「消す方策がないか」と個人的に相談を受けたことがありますが、これまでは処置無しでした。

 困っている人が存在するのは事実です。しかし、5月末に《ヨーロッパ人の検索結果削除リクエストのためにGoogleが入力フォームページを立ちあげ》がこう報じました。《今月初めには、司法裁判所の裁定に続いて、Googleには検索コンテンツの削除リクエストがいくつか寄せられていることが明らかになった。ただしそこに挙げられていた例は、古典的な三大醜聞ネタともいうべき、再選を目指す元政治家がオフィスにおけるお行儀の悪い行為を報じた記事のリンクの削除を求める; 医師が患者からのネガティブなリビューの消去を求める; 有罪となった児童性愛者が児童虐待写真を保有していたとする判決文の取り下げを求める、といったものだった》

 グーグルは削除の判断基準を明かしていません。もしかしたら要請全てに応じるかも知れません。このような削除要請が大幅に認められていくと、現代社会を映す鏡のような存在になった検索エンジンの性格を歪める恐れが大きくなります。ロボットが自動的に収集してきたデータの全体像を検索を通して見ている現状と違い、何かの恣意的フィルターが掛かった世界像が見せられることになります。フィルターがどんなものか、我々は知らされていません。報道の自由、表現の自由にとっても問題は大きいと考えられます。

 【参照】『グーグル検索独占に新聞が反撃するのは困難』
     『大英図書館の300年新聞データベースを使ってみる』――こういう利用例があるので安易に過去のニュースに手を加える愚も控えるべきかも。


世論調査設計のお粗末でブレる集団的自衛権の賛否

 世論調査がこれほど恣意的に設計されて大きな政治判断を歪める例を知りません。集団的自衛権をめぐる調査は回答誘導にならないために選択肢を対称の形に設定する世論調査大原則を外し、自己正当化するから呆れます。3択方式で尋ねたメディアは「賛成優位」を報じ、2択方式の場合は「反対多数」になっています。3択の中間選択肢が「中立」でなければ調査する前から結果は見えています。

 毎日新聞は3択と2択の両方を実施して《Listening:<記者の目>集団的自衛権と世論調査=大隈慎吾(世論調査室)》で分析しています。

 まず読売・産経の中間選択肢を見てください。《読売新聞は、5月9〜11日の調査で「全面的に使えるようにすべきだ」8%、「必要最小限の範囲で使えるようにすべきだ」63%、「使えるようにする必要はない」25%だったことから「容認派多数」と報道した。産経新聞・FNNの調査(5月17、18日)では、「全面的に使えるようにすべきだ」10・5%、「必要最小限度で使えるようにすべきだ」59・4%、「使えるようにすべきではない」28・1%》

 バイアスが掛かったと言うよりも安倍政権の意向そのものを中間選択肢にしているのですから、政権御用達メディアの面目躍如です。産経は《2択方式の毎日新聞や朝日新聞、共同通信は、賛成が3割前後、反対が5割台後半となった。政府・与党が目指す「限定」に相当する選択肢がなく、「限定」と回答したい人が反対に回った可能性もある》との分析を1日付で出しています。世論調査大原則など眼中になかったと告白しています。

 毎日は4月《「全面的に認めるべきだ」は12%、「限定的に認めるべきだ」は44%、「認めるべきではない」は38%だったことから「行使『限定容認』44%」と報道》し、ついで《3月と5月の二択調査で賛否の割合はそれぞれ賛成が37%、39%、反対が57%、54%とほぼ変わっていない》とします。

 それでも国民世論の実態はそれぞれ映しているとの分析ですが、この中間選択肢も妥当でないとすぐに分かります。3択の中間にあいまい度が高い選択肢があると、そちらに誘導される傾向が強いのは調査経験者の常識です。各社とも勉強し直してください。

 【参照】ネット調査が世論調査の代わりになると誤解している方も多いようなので、第220回「京大さん、日経さん、ネット調査信頼は無茶」


絶滅危惧ウナギ、消費者視点だけが市民社会ではない

 7月29日には土用の丑の日がやって来ます。ニホンウナギ絶滅危惧種指定の後なのに、メディア論調はまだ食べられなくなる恐れに力点があります。朝日新聞WEBRONZAでタイトルの「異論あり」をリリースしました。

《国際自然保護連合がニホンウナギを絶滅危惧種に指定したニュースに見るマスメディアの鈍感ぶりを嘆く。赤道の北に産卵場があり日本列島に稚魚が回遊してくる種だけではなく、世界中のウナギを絶滅に追いやりつつある日本。古来の食文化には間違いないものの、これほど消費量が増える前、ほんの30年前までは食べ方が違っていた。いま量販している丼チェーン店や弁当店ではなく、専門店で「今日は鰻だ」と意気込んで食べた。今の消費形態がむしろ異様なのに、なぜ疑問を持たない》

 1980年代半ば以降に起きた、日本国内でのウナギの価格下落・大衆化・大量消費が、養殖に使う世界のウナギ稚魚資源を壊滅させたグラフを掲げているので、こちらにも収録します。


 世界ウナギ消費量の7、8割は日本人のお腹に入ります。養殖の急増で1980年にはまだ豊かだったヨーロッパウナギやアメリカウナギ稚魚が瞬く間に枯渇したのが見えます。ヨーロッパウナギは一足早く絶滅危惧種に指定され、足りない稚魚を求めて業者はアフリカやアジア熱帯のウナギにまで手を伸ばし、資源の維持など無頓着に密輸・密漁が現在でも横行しています。ウナギの回遊、完全養殖技術開発の現状まで含めて論じ、次のような結語にまとめています。

 《絶滅危惧種になったのを契機に、消費者の視点で伝えれば何でもオーケーといった安易な報道姿勢を改めるべきだ。ウナギをテストケースにして欲しいのに、『絶滅危惧種指定、ウナギの食べる心配報道は異様』と指摘し、第422回「幼魚豊漁で失われる水産資源、異を唱えぬ鈍感報道」と、筆者は訴えてきた。水産業ばかり見ている政府の動きも鈍いからメディアは便乗している節もある。ウナギは「晴れの日の食でいい」とまで割り切らないと持続できない――心ある専門家はそう見ている》