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川崎病の流行ピークと中国農業改革の節目が一致

 中国北東部の穀倉地帯から来る風に運ばれる毒素が、日本で川崎病の原因になっているとの推定が国際研究チームから発表されました。中国の農業改革で生産が高まった時期と川崎病の流行ピークが合致していると判明。中国原因説を補強する傍証として注目されます。重篤スモッグの中心物質、微粒子PM2.5は肺の奥まで入り込んで体内に侵入、一部は血流に乗ると考えられます。小児血管の病気、川崎病でも毒素が同様に粘膜から侵入して心臓冠動脈などに後遺症を残します。両者も関係があるかも知れません。


 自治医科大学公衆衛生学教室の《川崎病全国調査からみた川崎病疫学の特徴とその変遷》にある罹患率推移グラフには過去3回あった全国規模の流行ピークが現れています。1979年、1982年、1986年で、そのころ中国の農村で何が起きたか調べました。1979年には中国政府が農産物買付価格を18年ぶりに大幅に引き上げました。生産の刺激策を取ったのです。最も大きなピーク1982年の元日には個別農家への請負制を認める中国共産党中央の文書が発表され、集団営農だった人民公社制度が一気に解体に向かいました。3番目のピーク1986年にかけて農産物と副産物の統一買付けと割当買付け制度廃止など生産自由化が次々に打ち出されました。

 流行ピークはその後は見られなくなるものの、小児人口10万人当たり罹患率は上がって行き、既に1982年のピークを凌いでいます。実は中国共産党が2004年から2008年にかけて再び農業刺激策を毎年打ち出します。農民収入増加促進や農業インフラ整備などで、農村に生気を呼び戻したとされます。川崎病の流行推移は中国の農業生産とリンクしていると考えてよいようです。

 国際研究チーム発表の報道で最も詳しいのが《川崎病は中国から風に乗って日本へ?》です。《川崎病は、農業の手法が同地域や世界中で劇的に変化していた1960年代に初めて報告された。「これら病原となる粒子の生成が、農薬または化学肥料によるものなのか正確に突き止めるため、より焦点を絞った調査が必要になるだろう」と、研究の筆頭著者でバルセロナにあるカタロニア気候科学研究所の気候科学者、ザビエル・ロドー(Xavier Rodo)氏は語る。また、「農業がこの病気に重要な関係を持つことは間違いない」と同氏は付け加えた》

 中国農業での農薬や化学肥料の使い方が滅茶苦茶であることは広く知られています。全国各地の土壌汚染も政府が調査結果公表を拒むほど悲惨です。第345回「中国で暴露、ぼろぼろの環境行政と水資源管理」第346回「『がん村』放置は必然、圧殺する中国の環境司法」で司法と行政が問題の表面化を阻んでいる実態を明らかにしました。中国でも川崎病がかなり発生しているのかもしれません。中国農村部は健康保険制度が無いに等しいので、農村の子は日本のようには医者にかかれないのではと疑われます。


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