<< June 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
 
Profile  Facebook
Dando's Site
Category
Search

Archives
Recent Comment
  • やはりノーベル賞大隅さんの警鐘を無視した政府
    森田 (06/19)
  • 自主避難の根拠は放射線障害防止法の下の平等
    宮本由香里 (05/15)
  • 社会の鏡インターネット検索、20年目にして危機
    森田 (05/08)
  • 社会の鏡インターネット検索、20年目にして危機
    業界人 (05/06)
  • 社会の鏡インターネット検索、20年目にして危機
    あ (05/05)
  • 科学技術立国崩壊の共犯に堕したマスメディア
    森田 (04/23)
  • 自主避難の根拠は放射線障害防止法の下の平等
    (04/08)
  • 京大さん、日経さん、ネット調査信頼は無茶
    (01/16)
  • 国にも原発事故責任、無原則な東電救済を許すな
    森田 (12/25)
  • 東アジア諸国の生産年齢人口が減少に転じる
    森田 (12/18)
Recent Trackback
Admin
   
Mobile
<< 抗議の民衆に狙撃映像、エジプト軍部は一線越す | main | 「もんじゅ」と再処理工場の廃止に踏み出そう >>

『この国は病んでいる』〜回復を疑う愚鈍な日本

 福島原発事故で「原発から飛び散った放射性物質は東電の所有物ではない。したがって東電は除染に責任をもたない」とする東京電力の主張を伝えた、朝日新聞の連載記事「プロメテウスの罠『無主物の責任』」が話題になっています。主張の答弁書は除染を求める福島県のゴルフ場の裁判に出されたもので、東京地裁は10月末に東電の主張をそっくりは認めぬものの、ゴルフ場の訴えを退けました。本来ならストレートニュースとして真っ正面から怒るべき東電と裁判所のやり方を、連載企画の素材としてさらりと扱うだけ。この惨憺たる構図に、深く傷ついた日本が本当に回復できるのかと疑わせる典型例を見ます。

 まず裁判所の考え方を見ておきます。「除染の方法や廃棄物の処理の具体的なあり方が確立していない現状で除染を命じると、国等の施策、法の規定、趣旨等に抵触するおそれがある」。原発訴訟で行政の裁量に委ねるとして、ほとんど実質的判断をしなかった司法の過去を今も引きずっているのです。朝日新聞は「待っていれば民間企業は倒産してしまう」と裁判所の手ぬるさに非を鳴らすのですが、驚いたことに東電の主張には何の評論もありません。無主物の理屈が通るなら、水俣病を引き起こした有機水銀もチッソの工場から遠く流れ出た無主物で賠償の必要は無かったのです。東電主張の愚かさはこの例だけで明白であり、もっと言えば重大な反社会性を指摘すべきなのです。

 東日本大震災そのものの本格復興策の遅れには民主党政権の手際の悪さに加え、国会が党利党略に走って急ぐべき審議を怠り、どうでもよい揚げ足取りに奔走している点が効いています。司法、立法、行政の三権がこの体たらくぶり。権力へのチェック機能を期待されるマスメディアは依然として「大本営発表」報道から脱せません。社会システムの機能不全には呆れるばかりです。「説明責任を果たさない政府・東電・メディア」を参照してください。

 「レコード芸術」11月号で音楽評論家吉田秀和さんの『之を楽しむ者に如かず』を読み、文化勲章受章者のこの人にして音楽が聴けなくなるほど社会認識のありようが変わったのかと、深く共感するところがありました。吉田さんには若い頃、『私の文章修業』(朝日選書)で感銘を受けたことがあります。その『之を楽しむ者に如かず』冒頭部を引用します。

 「3.11が起きてから、音楽をじっくりきいているのが、とてもむずかしくなった。心を鞭打ってCDをかけたり、近来とみに弱くなった身体を無理矢理動かした音楽会に出かけたりしないわけではないのだが、たとえそうしていても、気がつくと、いつの間にか心は音楽から逸れて、別のことを考えている。そうなると、もう一度音楽に戻るのがひどくむずかしいのに気づくばかりだ」
「熱心に私に執筆をすすめてくれる編集者、また彼の言うことを信じてよければ、私の書くものを楽しみにしておられる読者の皆さんが待っておられるのだと思うと、一層気が気でなくなるのだが、心は重く、筆は進まない。この国は重く深く大きな傷を抱えている。この国は病んでいる。それは時がたてば治るだろうと、簡単にいえないような性質のものように、私には、思える」

 吉田さんの『この国は病んでいる』認識を私なりに上に書きました。さらに見える形としては、福島第一原発の事故現場がきれいに撤去されるまで吉田さんも私も生きていないでしょう。いや、撤去できず、永遠に管理するべき『汚点』施設として残る可能性が高まっています。優秀な官僚が政府を支えているから政治家がぼんくらでも何とか国家を運営していけるという平時の幻想も、緊急事態の到来で見事にうち砕かれました。そして、最も深刻なのは、社会システムのあちこちのパーツが再建しなければ使えないほど傷んでいるのに、パーツの当事者が再建の必要性を感じないほど愚鈍になっている点です。例えば「原発震災報道でマスメディア側の検証は拙劣」のお粗末さをご覧ください。

 【参照】インターネットで読み解く!「福島原発事故」関連エントリー


コメント
で、どうすればいいのでしょうか私たちは。
あなたも論評だけ。自身がダメ出しした、政治やマスコミと大差ないことに気づかないかな?
  • 2011/11/26 11:11 PM
  •  
どうすればいいのでしょうなどという間に、自分のできることをすればいいのです。自分のできることがわからないのが問題でしょう。自分を、自分の周りを見つめることが大事でしょう。
  • 直之
  • 2011/11/27 8:08 PM
  •  
私も日本は病んでいると思います。その原因は、戦後の成功体験を忘れられず、厳しい現実を見つめられないことにあると思います。
「少数意見の尊重」を主張して多数意見が実現できず、参議院では一票の格差が5倍を超えているのに修正できず、衆参ねじれを乗り越える手段を見つけられません。
少子化が進むと、人口が減り、世界での日本の存在感が下がり、経済が縮小します。それにもかかわらず、少子化対策に対して「ばらまきだ」といっています。
GDPの2倍を超える債務残高を持ちながら、国民は負担を嫌がっています。新興国との価格競争に勝つため人件費の削減を進めてきましたが、それが消費者の低価格志向を導き、デフレから脱却できません。それでも企業は「法人税を減らし、人件費を安くできないなら、国外に出て行く」と言って国民を恫喝しています。
日本は瀕死の重体と思います。
吉田氏の文章のファンとして、正直なところ逆撫でされたような気分になりました。
あなたご自身が原発に関する意見をお書きになるのは自由です。吉田氏の文章を引用なさるのも自由です。ですが、具体的な主張を避けた吉田氏の文章を引きつつ、その内容をあなたご自身のお考えと同じであると主張なさるのはいかがなものでしょうか。吉田氏があなたと同じことをお考えであるという根拠がない以上、結局は単なる憶測であり、もっと言えば「他人の口に言葉を押し込んでいる」ようなことではないでしょうか?吉田氏に対して非常に失礼な書き方であると思います。
  • 一好楽家
  • 2011/11/30 12:18 AM
  •  
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック