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放射性テルル翌日発見なら2、3号機は救えた

 福島原発事故で1000度にならないと発生しない放射性テルルが大地震・事故発生の翌日朝には検出されていたと聞いて、腰から力が抜ける思いがしました。1号機は炉心溶融を起こしたと諦めても、2、3号機で緊急冷却系のバッテリーが無くなる1日以上前だったのですから海水注入を事前に準備できたはずです。この事故では注入のタイミングがいずれも遅く、炉心が高温になってから「焼け石に水」状態で注入しています。冷却系停止直後に海水注入していれば2、3号機の水素爆発はなかったのです。1号機の炉心溶融判断遅れがずっと尾を引きました。

 日経新聞の《地震翌朝、原発敷地外に放射性物質 保安院公表遅れ》はこう報じました。「公表したのは地震直後の3月11〜15日に、政府の原子力災害現地対策本部と福島県が測定したデータ。15日に保安院の担当者らが大熊町の緊急時対策拠点から福島市に退避した際に持ち出し忘れたデータを、5月28日に回収したという」「データによると3月12日午前8時30分過ぎに浪江町や大熊町で放射性ヨウ素や放射性セシウムを測定。核燃料が1000度にまで過熱しないと出ないとされる放射性テルルも検出された」

 ポイントは公表が遅れたことではありません。3月12日朝に放射性テルルを検出して、それを現地対策本部が掌握していたのかです。原発では電源が無くなり計器が動かぬ中で、炉心で起きている状況を技術陣は必死に推測しようとしていました。外部で放射性テルルが見つかったとの情報が入れば「炉心には燃料棒の半分まで水がある」との誤った判断は捨てられたはずです。誰がテルル検出を認識し、どこに伝えたのか、あるいは今になって記録に存在することに気付いたのであって、当時は誰の目にも触れなかったのか、重大な問題です。「保安院の西山英彦審議官は『意図的に隠すつもりはなく、情報を整理して公表する発想がなかった』と弁明した」とありますが、的はずれもいい加減にしてほしい発言ですし、日経に限らずマスメディア側も大ボケです。

 対策が後手に回り続けた東電が批判されていますが、放射性テルルを検出しながら生かせなかった政府の原子力災害現地対策本部と福島県も厳しく叱責されるべきです。今回の事故時は米スリーマイル島事故のように情報があふれて混乱したのではなく、乏しい情報から何を読むかが問われたはずです。修羅場で目を皿のようにして情報を精査できる人材を我々は欠いていたようです。


コメント
東電には「頭」がないのです.
それ以前に全ての原子力エキスパートや研究所をパーージしてしまっていて、まともに見られる人、頭をもった人がいないのです.それは今でもです.
保安員の西山氏なんて法学部出身ですよ.何が重要か(技術的に)なんて分かりっこないです.
本店の人間は全て同じです.だから儲け頭の原発を潰すことなんか、思いもよらなかったのですよ、彼らには.
この数ヶ月、あきれて物を言う気力もなくしていたのです.
  • ほろほろ
  • 2011/06/05 12:30 AM
  •  
放射能だけ見ていると、よく間違う所でしょう。

つまり放射性テルルが検出されたから即テルルが放出されたとは断定できません。

どの質量数のテルルが検出されたのか、調べてから判断してください。
  • DHMO
  • 2011/06/05 1:23 AM
  •  
 今回の問題では、地震学者が地質学者が得ていた貞観津波に関する情報を世の中に伝えるのに失敗しました。知識が普及していたら、死者の1/3は救えたのではないかと思います。その上、東京電力は事前の準備が不十分だった上に、原発への対応が遅れました。
 1号炉については、地震後数時間で炉心溶融が始まったそうですから、準備不足から、間に合わなかったかも知れません。しかし、2号炉や3号炉では色々なことができたはずです。例えば、自衛隊のヘリコプターで、他の原発から必要な機材を緊急輸送することもできたはずです。指をくわえて2号炉、3号炉、4号炉で水素爆発を起こさせた東京電力を、私はあきれながら見ていました。
 その他、基本的な問題として、東京電力では原子力関係者を冷遇しており、彼らの能力を活用する態勢もできていませんでした。同じことは、保安院についても言えます。東大の文欺仗伴圓威張っている弊害の一つです。
 
 3月12日朝から13日夜までの大気を調べたもので、半減期は3日余り。主にベータ線を出すテルル132は12日朝から昼すぎにかけ、浪江町の2カ所と大熊町、南相馬市で検出され、濃度は1立方メートルあたり119〜23ベクレルだった。
 当時の原子炉建屋は換気装置が止まって外に空気が出ないようになっていた。蒸気を放出するベント作業は12日午後に始まり、その直後に水素爆発が起きている。
 東京電力は、核燃料の損傷が最も進んでいたとされる1号機が漏出元とみており、「格納容器内の圧力が高まり、接ぎ目から水素とともにテルルが漏れ出したのでは。建屋内の圧力も高まって外に漏れ、風に乗って広がったことが考えられる」と説明している。
 ただ、拡散しやすい揮発性のヨウ素131の検出量はテルルの半分程度。テルルと同じ金属性のセシウム137は浪江町の1カ所でテルルを上回った以外、微量しか検出されなかった。
 京都大原子炉実験所の山本俊弘准教授(原子炉物理)は「現在分かっている状況では、テルルが漏れるとは考えにくい」と話している。
中日新聞 6/5 http://www.chunichi.co.jp/s/article/2011060590015910.html
  • ヒゲ達磨
  • 2011/06/06 2:33 PM
  •  
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