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福島原発事故責任の曖昧化は再発を許す道

 野田首相が外国プレスとの会見で福島原発事故は「誰の責任というよりも、誰もがその痛みは、責任は共有しなければいけない」と語り、炉心溶融を起こした刑事責任追及を退けました。みんなで責任を感じようと曖昧化して、東電も政府も誰1人として責任をとらない収拾策は事故再発を許す道です。今回は備えられた安全装置を運転員が使えませんでした。事故事象の何がポイントで大惨事にしたのか明確にし、その追及と同じ鋭さと細やかさで考えられる危機の芽を潰す安全基準を作らないなら、原発再稼働など許してはなりません。

 AFPの《野田首相、原発事故「責任は共有すべき」 外国プレスと会見》はこう伝えています。《日本の法律下での一義的な責任は運営事業者である東京電力(TEPCO)にもちろんあるとしながらも、メルトダウンに関する刑事責任については次のように述べて退けた。「政府も、事業者も、あるいは学問の世界においても、安全神話に浸りすぎていたということは総括として言えるだろうと思う。誰の責任というよりも、誰もがその痛みは、責任は共有しなければいけないんだろうと思う」》

 非常用発電機12基を津波で失って全電源喪失を起こし、圧力を逃がすベントや海水の原子炉注入も手違いから遅れてしまい、3つの原子炉がメルトダウンに至りました。しかし、実は最初に爆発した1号機に備わっていた「最後の命綱」非常用復水器の使い方を、東電の運転チームが一度も実地で訓練したことがない「過失」さえなければ、冷却は維持され何も起きなかったと考えられるのです。安全装置はあったのに人が使えなかったのです。詳しくは「福島事故責任は誰にあるか、判明事実から究明」を参照してください。

 原発事故の安全評価は起きる事象を網羅して確率をはじき出します。「想定外」として除外されていた多数の事象が今後、加えられるでしょう。さらに今回のように安全装置があるのに人間側が使えないお粗末さも評価する必要が出て来ました。明確に存在する責任を、総懺悔という曖昧なオブラートに包んでいては抜本的な改善、安全確保は進みません。

 【参照】インターネットで読み解く!「福島原発事故」関連エントリー