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脱未婚=結婚へ動き、30代から中高年まで活発に

 2015年国政調査集計が終わって分析したところ生涯未婚で終わらない、結婚への動きが30代から60代の高年齢層まで活発化していました。これに対して20代は男女とも従来からの非婚化傾向を維持して対照的です。国立青少年教育振興機構が昨年末に実施した《若者の結婚観・子育て観等に関する調査》は2008年の同じ調査に比べて《「早く結婚したい」と「いい人が見つかれば結婚したい」の割合が低下し、「いつか結婚したい」と「結婚したくない」の割合が上昇している》としています。一方で年収に余裕がある層ほど結婚志向が強い点も明らかにしており、東日本大震災後に広がった絆志向が余裕がある30代以上を「脱未婚=結婚」に踏み切らせた可能性があります。


 表の左半分は国政調査の世代別未婚率を1995年から2015年まで並べてあります。未婚率推移を見る限りでは2015年に男性の30代でわずかに減っただけで非婚化に大きな変化は読み取れません。しかし、同じ世代が5年間に取った行動を計算で割り出すと劇的な変動が発生しているのです。5歳の階級別になっているために、同じ世代が5年後の次の調査では5歳年上のところに移動します。表の右半分は同世代の5年間での未婚率低下です。黄色の部分で過去3回の脱未婚行動とは異なる著しい低下が現れました。「-5.8→-7.8→-8.9→-10.6」と動いた女性30代後半は5年間で10.6%も結婚です。(なお、2005→2010で統計の誤差から一部にプラスが生じ異常ですがそのままにしてあります)


 過去からの変動を見やすくするために25〜29歳、30〜34歳、35〜39歳、40〜44歳、45〜49歳で男女別に未婚率低下ポイントをグラフにしました。グラフが下に向いているほど結婚に動いている傾向を示します。20代後半だけが男女ともに上昇か横ばいになっているのに対して、他の世代が一斉に下向きに転じました。男の一番上のグラフ40代後半が「-1.7→-1.1→-0.2→-2.7」と動いて、2010年調査で結婚はほぼ終息したはずだったのに2015年調査で大きく復活しました。男女とも40代は同じ動きです。30代は一足早く「2005→2010」で既に結婚に向けて動くトレンドが出来ていたとも言えます。

 人口学では生涯未婚率を50歳時点と定めています。これ以降はほぼ子どもが作れなくなって人口の増減に影響しなくなるからです。今回の分析で注目は50代、60代で男女ともに未婚率を減らす動きが根強い点です。寂しい老後にしたくないとの思いが独身貴族だった男女の行動を変えているかもしれません。大震災後にニュースになった結婚願望は比較的若い世代が中心で、その後は収まったように言われました。中高年層には絆志向がもっと強く浸透したのでしょうか。

 この分析から50歳時の生涯未婚率を占うことが出来ます。年上世代が取った脱未婚行動を年下世代も踏襲すると仮定すれば、今の30代は男性で26%を割り込み、女性では18.6%ほどで収まってしまいます。今回調査の傾向が持続すれば50代以上でも結婚していくので本当の生涯未婚率はぐっと下がるでしょう。前回の非婚化が進んだ国勢調査で第368回「生涯未婚率は男35%、女27%にも:少子化対策無力」を書いたのですが、今回調査によって全く様変わりの様相になりました。なお、8月の抽出集計速報が出た段階で第538回「生涯未婚率が劇的に改善か、2015国勢調査を分析」を書いています。


ノーベル賞・大隅さんの警鐘は政府に通じまい

 ノーベル医学生理学賞に決まった東京工業大の大隅良典栄誉教授が日本の科学研究に警鐘を鳴らしているのが印象的です。メディアも社説などで同調していますが、大学いじめが自己目的化した政府に通じると思えません。東京新聞の《ノーベル賞・大隅氏 「科学が役に立つのは100年後かも」》で「今、科学が役に立つというのが数年後に企業化できることと同義語になっているのは問題。役に立つという言葉がとっても社会を駄目にしている。実際、役に立つのは十年後、百年後かもしれない」と語っています。現実に第535回「文科省主導の大学改革が国立大の首を絞める」で指摘したように国立大学は疲弊しきっており、研究論文数では先進国中で目を覆うばかりの地位低下を招いています。

 大隅さんの仕事の意味はご本人が朝日新聞のインタビューで答えている言葉で明解です。「たんぱく質の合成が大事だというのは異論がないわけですが、たんぱく質が作られた分だけ壊れないといけないので、分解はそれと同じくらい大事」。適切に細胞内で分解されないと様々な病気の原因になるとして近年、大注目されるようになりましたが、大隈さんはたった一人で単細胞生物の酵母を対象に研究を始めました。オートファジー(自食作用)は難しすぎる用語です。


 ノーベル賞級の仕事を説明する模式図を書いてみました。人類の持つ知の地平の一角で、新たな突破口を開く研究が現れます。そこから後続する研究で拡大していく知見の大きさでブレークスルーした研究のインパクトが測れます。大隅さんは酵母でたんぱく質を壊す仕組みを解明し、後続の研究者がパーキンソン病やアルツハイマー病など人間の病気との関連に到達しました。何処で突破口が開かれるかは予め分かるはずもないと、大隅さんは考えていらっしゃるから「役に立つ」研究志向に疑問を投げるのです。

 昨年夏、大隅さんは「科研費について思うこと」を公表して基礎研究の危機を訴えています。国立大に対する運営費交付金の継続的な削減で従来はあった研究できる環境が消え、科研費等の競争的資金が「研究費」そのものになってしまいました。

 《競争的資金の獲得が運営に大きな影響を与えることから運営に必要な経費を得るためには、研究費を獲得している人、将来研究費を獲得しそうな人を採用しようという圧力が生まれた。その結果、はやりで研究費を獲得しやすい分野の研究者を採用する傾向が強まり、大学における研究のあるべき姿が見失われそうになっているように思える》

 《安倍首相「日本人として誇り」 大隅さんノーベル賞》を見れば大隅さんの憂慮が理解されていないと読み取れます。

 《首相は「先生は常々、だれもやっていないことに挑戦するとおっしゃっておられ、そうしたチャレンジする姿勢が今回の受賞につながったのではないかと考える」と述べた。また、「今後とも政府としてあらゆる分野でイノベーションを起こし続けることを目指し、独創的で多様な研究をしっかり支援していくとともに、研究を担う人材育成に力を入れていきたいと考えている」と語った》

 政府が「選択と集中」のさじ加減が出来るとの不遜さをがノーベル賞学者の憂いの対象になっているのに、国立大運営費交付金削減を毎年1%ずつ積み増ししてきた失政への反省など何処にもありません。実用研究志向が強烈な韓国には1人もノーベル賞科学部門受賞者がいません。ある意味でオタクのような若き日の大隅さんの仕事ぶりを支えた環境が大学から失われたと指弾します。

 【10/7追補】元基礎生物学研究所長・元岡崎国立共同研究機構長 毛利秀雄名誉教授による《隣のおじさん−大隅良典君(ノーベル生理学・医学賞の受賞を祝して)》が素晴らしい内容です。なかなか論文にしなかった研究の経緯なども面白いし、次のコメントで無理解な政府をバッサリです。

《大隅君はインタビューで、基礎研究の重要性を訴え、現状を憂い、そして一億に近い賞金をあげて若手を育てるために役立てたいとコメントしています。それに対してマスコミや首相は応用面のことにしか触れず、文科相は競争的資金の増額というような見当はずれの弁、科学技術担当相に至っては社会に役立つかどうかわからないものにまで金を出す余裕はないという始末です。なげかわしい。これでは科学・技術立国など成り立つはずがありません。それにもめげず、より多くの若い人たちが大隅君の受賞に刺激されて、すぐに役立つわけではない基礎研究に、そしてどちらかというとこれまで恵まれてこなかった生物学(生命科学)の研究に進んでくれるようになることを大いに期待したいと思います》


東電破綻を救済なら福島原発事故の責任を明確に

 経済産業省が「東京電力改革・1F問題委員会」を立ち上げ、事実上破綻している東電の救済に乗り出しました。東電が事故のツケを全て払うから、誰にも事故の責任を取らせず済ませた責任所在が再浮上せざるを得ません。政府の狙いは責任あやふやな現状を変えずに何兆円もの資金を用立てる「妙案」をひねり出すことでしょう。《東電の経営改革 有識者の委員会で検討開始へ》と報じたNHKなどメディアの多くは事態の本質を覆い隠す政府に同調する動きですが、先月の第536回「東電資金破綻の現実を認めぬ政府と既成メディア」で指摘したように、もともとの枠組みが間違っており、電気料金しか収入がない東電が全て払う虚構を維持できなくなっただけなのです。

 経済産業省の《東京電力改革・1F問題委員会(東電委員会)の設置について》は回りくどい言い方しか出来ません。

 《原発事故に伴う費用が増大する中、福島復興と事故収束への責任を果たすため、東京電力はいかなる経営改革をすべきか。原子力の社会的信頼を取り戻すため、事故を起こした東京電力はいかなる経営改革をすべきか。自由化の下で需要の構造的縮小が続く中、世界レベルの生産性水準を達成し、福島復興と国民への還元につなげるため、東京電力はいかなる経営改革をすべきか》

 《これらの課題への回答について、福島県の方々が安心し、国民が納得し、昼夜問わず第一線を支え続ける「現場」が気概を持って働ける解を見つけなければなりません。東電改革の姿は、電力産業の将来を示し、この改革とパッケージで整備する国の制度改革は、被災者救済と事故炉廃炉促進のための制度となります。東電改革は、福島復興、原子力事業、原子力政策の根幹的課題です》

 しかし、10日ほど前にテレビ朝日が暴露していました。《“国民負担”8兆円超を検討 原発の廃炉・賠償で》はこう伝えました。

 《政府は、原発の廃炉費用などのために新た 8兆円余りという莫大(ばくだい)な費用を利用者に負担させる形で調整に入ったことが分かりました。そのうち、福島第一原発の廃炉に4兆円、賠償に3兆円。また、今後、原発の廃炉費用が足りなくなるとして1.3兆円を充てるとしています》

 これが「東京電力改革」の内実なのです。利用者に負担とは主に電気料金を上げる方法であり、広く国民負担になるしかありません。

 確かに事故は東電が起こしましたが、安全審査をして運転にゴーサインを出し、日常的にも運転・訓練の監督をしていたのは国です。また、事故後1年で書いた第300回「福島事故責任は誰にあるか、判明事実から究明」で具体的に挙げただけでも、するべきことさえしていれば事故の進展が食い止められる可能性がありました。その後、論点は増えています。誰にも責任を取らせないのが政府から原子力学会まで原子力ムラの総意でしたが、何兆円も新たに国民が持つなら国にも大きな責任があったと認めるべきです。それなら国民も理解するでしょうし、では過失の責任者は誰だったかが当然、問われます。


もんじゅ廃炉より決定的な核燃再処理工場の迷走

 高速増殖炉もんじゅは年内に廃炉決定の見通しとメディアが報じています。それでも核燃料サイクル政策は維持だと伝えられますが、六ケ所村の再処理工場が新規制基準適合審査で迷路にハマった現実が見えないようです。2015年11月に完工時期を2018年度上期に延期し、2年前に当たる来月には日本原燃から原子力規制委に重大事故の想定や安全対策の説明を終えるつもりだったのに見通しは立っていません。普通ならば事業者の説明に対して規制委側から突っ込みがあり、施設の改善や追加が生じるのですが、審査の流れを見ていると規制委が求める技術レベルに原燃側が達していない感があります。国策会社として大甘に遇されてきたツケが噴出です。

 重大事故時には核爆発に至りかねないほど危険と主張してきたのですから、もんじゅ(福井・敦賀)にケリが付く点は歓迎します。しかし、廃炉にしてもMOX燃料としてプルトニウムを燃やすとか、新しい高速炉を開発するから構わないと伝えられる政府の議論はサイクル政策維持には枝葉末節です。再処理工場の23回目の完工延期が決まる直前に書いた第504回「核燃サイクルは破綻目前、国策に責任者なし」で新規制基準適合審査の「日暮れて道遠し」ぶりを指摘しました。その後はどうなっているでしょうか。

 8月29日の第142回核燃料施設等の新規制基準適合性に係る審査会合での議事録が公開されています。2カ月間も審査を中断して準備をやり直しており、冒頭に原燃側から「本来、申請書に基づいて審査をいただくところ、検討が終了していることを条件に、申請書でお約束する内容を資料に記載し、それに沿って審査をいただいているにもかかわらず、お約束した事項を検討の進捗に応じて変更するなど、本来のお約束に沿っていない対応をしてしまったことに対しても指摘をいただきました。大変申し訳ございませんでした」とお詫びがあります。

 規制委に突っ込まれたらズルズルと対応策を変更し、また突っ込まれて変更を繰り返す審査過程がよく現れています。「10月中には何とか説明を終了させていただきまして」と述べてもいますが、規制委は「スケジュールありきということではなくて、厳正に審査を行っていくということでございますので、もし、審査会合を頻度高くやりたいということであれば、それにできる限り沿うように我々としてはやっていくつもりではありますけれども、会合を開いても中身がないということでは困るので、しっかりと中身のほうも詰めていただいて持ってきていただくということをしないと、御希望のスケジュールどおりにはいかないということになるかと思います」と甘い対応はしないと言明しています。

 この適合審査は原発に課した安全対策に準じた厳しいものです。審査会合のたびに参考資料《再処理施設 前回までの審査会合における主な論点と対応について》が提出されており、これまでウオッチしていると規制委が指摘の論点項目は増えるばかりです。一応は対応ができた項目は色付けされているものの未対応な白地の項目が多数残っています。今回の議事録でも原燃側が対応策を出すと、それに対する突っ込みがあって、また課題が残る悪循環に陥っています。

 廃炉にしたら終了のもんじゅよりも大変な状況なのです。核燃サイクルにとって再処理工場こそが根幹であるのに、大本営発表型の報道に堕してしまった在京メディアには見えていません。


役場集落等だけ再生?福島の「復興像」に疑問

 福島原発事故で放射能汚染された市町村復興に疑問符を打たざるを得ない動きが続いています。帰還困難区域の一部に拠点を設けて2022年をめどに敢えて帰還させる政府方針であり、モデル地区で森林除染する決定です。原発周辺の双葉町や大熊町などはほぼ全域が重度の汚染下にあり、事故後6年を経過しても年間線量が20ミリシーベルトまで下がらない帰還困難区域が広がっています。その中で役場周辺集落などを重点的に除染して住民帰還させ、町復興のシンボルにする政策意図です。しかしこれでは、チェルノブイリ事故での住民の移住基準であり、放射線障害防止法で定める放射線管理区域の設定基準でもある年間5ミリシーベルトを超える地域に役場集落がぽつんと存在することになります。

 朝日新聞の《帰還困難区域、22年めどに一部解除 役場周辺など限定》はこう伝えていますが、同じ町内で帰れる住民と帰れない住民の分断だけを問題としています。

 《政府は31日、東京電力福島第一原発の事故で放射線量が高くなった帰還困難区域(約2万4千人)の一部について、2022年をめどに避難指示を解除する方針を発表した。対象は役場周辺などに限定し、来年度から放射性物質の除染などを本格的に始める》《方針では、事故から5年以上たち、除染をしていなくても「区域の線量は低下している」と説明。放置したままだと風評被害が続き、福島の復興が遅れる懸念も示した。解除の対象は役場や駅、公民館の近くなど、もともと住宅が多く、帰還しやすい場所。法律で復興拠点として認定する》


 上図は《放射線量等分布マップ拡大サイト》に掲げられている昨年11月時点での地表1メートル空間線量率マップから引用です。年間20ミリシーベルトは3.8マイクロシーベルト/時に相当しますから、黄色以上の地域でまだ大きな広がりがあります。年間5ミリシーベルト相当の放射線管理区域では、福島以外なら法律によって飲食禁止であり、寝泊まりなど論外です。年間5ミリシーベルトはマップでは1マイクロシーベルト/時の濃いグリーン以上で、今なお広範囲であると知れます。放射線障害防止法が決めている公衆の被ばく限度年間1ミリシーベルト以下を満たすのは濃い青とやや濃い青の地域で、かなり原発から離れなければなりません。

 ただし《1年の間、屋外に毎日8時間、屋内に毎日16時間いると仮定した場合、木造の建屋の遮蔽係数0.4を考慮して約20ミリシーベルトになるような空間線量率は毎時3.8マイクロシーベルト(自然放射線による影響も含む。)である》と説明があるように、家屋による遮蔽が加味されて甘くなっています。2012年の『20mSvで居住可の無茶を何年も続けて良いのか』でも指摘したように、年間5ミリシーベルトを超えるような地域に「お帰りください」と勧めることは本来は法治国家として出来ないはずです。子どもを持つ家庭なら帰らないでしょう。

 また、現状でも除染作業で生じた汚染物質の貯蔵施設や処分場が決まらず、大量に野積みされているのに森林除染まで手を付けるとは愚かすぎます。NHKの《政府 森林除染のモデル地区4か所決定 秋から除染へ》は《森林の除染について、政府は、原則として住民の生活圏から20メートルの範囲などに限って行う方針でしたが、福島県などから除染地域の拡大を求める声が相次いだことから、避難指示区域とその周辺で10か所程度をモデル地区として選んで除染を行うことになりました》と報じています。

 除染の費用は政府が立替て東電に請求する建前であり、いくらでも膨らませられるかのようですが、第536回「東電資金破綻の現実を認めぬ政府と既成メディア」で明かしたように収入が電気料金しかなくなった東電に支払い能力はありません。いずれは国民負担にならざるを得ない先行きは見えており、広げたらきりがない除染にどこまでお金を掛けるのか、負担に耐えられるのか議論してから始めるべきです。相次いでいる格好を付けるばかりの「復興像」は本質的なところで間違っていると言えます。